機械のために働く人間

その倉庫は港にあった。船で輸送してきた鉄管を積み卸し、いったん保管しておくための倉庫だ。内部は10メートルほどの吹き抜けになっており、結構な敷地面積を誇るのだが、とても狭い。明かりは足下の通路に転々と並ぶだけ。通路幅をおよそ1メートルちょっとほど残して、その両端を、これも幅1メートルちょっとほどの棚が天井までつながっていて、棚には大量の鉄管が眠っている。奥行きは30メートルほどあっただろうか。横幅およそ4メートル、高さ10メートル、奥行き30メートル、それだけで1セットの棚+通路、それが倉庫内に20レーンほど、びっしりと並んでいた。
狭い通路の足下にはレールが引かれている。レールの先には天井まで高さのある機械が鎮座しているのだ。フォークリフトを横向け、幅を1メートルまで圧縮し縦と奥行きを伸ばしたような機械。船から積みおろした鉄管を、この機械で目的の棚まで運ぶ(積み卸しこの機械まで運ぶ仕事は別の機械が隣の部屋で行う)。
明かりが足下にしか無いこともあり、通路から見上げる鉄管と機械の幾何学的で荘厳な風景は私を興奮させた。夢想していたSFの中のような、未来世界のイメージに思えたからだ。未来は既に来ていたのだ。


さてそこで私のする仕事とは、フォークリフトのような機械の、レールの掃除である。
その作業には、何の機械も使わない。掃除機で吸い取ろうにも少々大きな鉄くず(すぐに詰まってしまうだろう)。レールの下には枕木が並べられており、ささっと掃いてしまうわけにはいかない。薄暗いレールを丁寧に箒で掃いて、ちりとりでゴミを撮り、バケツに入れていく。地味で単純な作業だ。
レールの先に今日は眠る巨大なリフトは、稼働時には無人で、俊敏に倉庫を往復するという。何百キロもある鉄管をその手に抱えて。見上げるとリフトの頂上のあたりにランプのような丸い物が見え、その目がこちらを見下ろして笑っているようにも見える。


ああ、私は機械に使われているわけではないが機械のために働いているのだと、なんだか妙な気持ちになった。
未来になれば嫌なことはすべて機械が人間のためにやってくれて、人間は人間にしかできない創造的で楽しい仕事だけをやればいい。それまで私はそう考えていた。しかしこの現実に訪れた未来世界の風景において、人間である私が実際にやっているのは機械のために機械の足下を掃除するという仕事である。
レールの掃除は、確かに人間にしかできないことである。掃除機が使えなかった理由はゴミの大きさもあるだろうが、狭く足場が悪かったせいでもあるし、地形が複雑だったせいでもある。レールの上を走る掃除機のようなロボットでは、機械の裏側や足下の掃除などはできないだろう。


もちろんもっと未来になれば、そのような複雑な作業をしてくれる機械も現れるはずだ。だが未だそのときは訪れず、訪れるべき遙か未来に至るまで、人間は機械のためにこの身を奉仕するのだろう。


と、正月に実家で親のパソコンのメンテをしながらそんなことを考えた。はやくお金持ちになって機械を使うだけの人間(メンテは他人にお任せ)になりたいですよ父ちゃん。